「ロッカショ 2万4000年後の地球へのメッセージ」に対してエネルギー問題について発言する会から抗議文が出されてて。
「内容が事実と異なる」とか。
俺はまだまだこの問題について知らないことが多いからどっちが正しいとは言えないけど、一部の人間だけで話し合いや抗議が進められてる気がしてならない。
論争をする前に、もっと積極的にこの問題をアナウンスしていくべきなんじゃないかな?
外的営力が大きい中であの本に携わった坂本龍一氏やSUGIZO氏、多くの著名な方達を俺はリスペクトするし、まずそういう社会に対するアプローチが今は第一優先だと俺は思う。
ここは俺がアプローチする場所で、同年代、同地域の人たちが多く見てて、俺なりの意見をバンバン発信していくのに最適だと思うから、これからも色んな情報を発信していきたいと思うけど、ただ反対を訴えるだけじゃなくてもっと客観的な視点でこの問題を見ていきたいと思うし、みんなからの意見もたくさん聞きたい。
なるべく多くの人に、軽くでもいいからあの本に目を通してもらいたい。
「ロッカショ」への抗議文でも指摘されていた、
「放射能の被害はたいしたことないという人には、だったら三陸の魚を食べてもらおうと思う。六ヶ所のトマトを食べてください、と言いたい。あなたの子供と一緒に」
という発言。
地元の方の心情を考えない、非常に無神経な発言。だということ。
俺の住んでいる気仙沼は漁業が盛んで、友達のお父さんやおじいちゃんが漁師という人もたくさんいる街だし、実際俺の祖父も元漁師。
1万枚のハガキを流す実験でも明らかになってるように、気仙沼にも六ヶ所村から放出された放射能が流れ着くから人事じゃない地域だよね?
俺はさっきの発言はもっともだと思うし、実際、放射能に汚染されてしまった魚や野菜は、人体に影響がないと言われても安心して食べられなくなる。
環境にも多大な影響が出る訳だけど、地元産業にも影響は出る。
環境への被害、人的被害、経済への被害が発生していくだろうし、その被害でさらに二次的、三次的にたくさんのデメリットが発生していくんじゃないかな?
それに「六ヶ所の魚もトマトも。子供と一緒に喜んで食べる」ということだけど、食べるとか食べないとかそういうことじゃなくて、核、放射能というもの事体、人間が足を踏み込んでは行けない領域なんじゃないかと思う。
そういう子供の口喧嘩みたいなことを言うんじゃなくて、石油、石炭を使わないで、原子力というもともと自然のサイクルの中に存在しないものを使わないで、いかに自然のパワーを有効利用してエネルギーにしていくかを論議すべきではないか?
この問題に触れることはタブーなのか。
著名人がどうにも動けないっていうんだったら、こうやって一般人が、小さくてもどんどんアプローチしていかなきゃね。
当たり前に、子供たちに青い地球を残す為に。
Bye。





